1962年にレイチェル・カーソン(Rachel Carson)によって著された沈黙の春(Silent Spring)は、1960年代から活発化した公害に関する議論の火付け役となった名著であり、環境問題の系譜を理解する上でもっとも重要な著作のひとつである。
カーソンは、当時まだ手付かずだった除草剤や殺虫剤に関する膨大な資料をまとめ、化学物質が生物に与える被害や、その被害がゆくゆくは人間の身に降りかかるのだということを強く訴えた。科学的に緻密に裏付けられた事実に加え、直接的でありまた情緒的でもあるその文章表現は、多くの人々の共感を得てたちまちベストセラーになり、人々の環境問題に対する関心を呼び起こしたのである。
この著作に関するレビューや感想はすでに多くの人々に書かれており、あえてここで同じようなレビューをするつもりはない。わたしが気になるのは、彼女はなぜこの本を書いたのか、である。
沈黙の春は告発本だとよく言われることがある。しかし、誰のための告発本だったのだろうか?人間のため?動物のため?虫のため?
沈黙の春を執筆した後の彼女は、化学薬品に携わる人々の多くの攻撃にさらされた。何通もの匿名の手紙や、女性を差別、中傷するような電話も多くかかってきたという。そこまでのリスクを負ってまでなぜあんな本を出版したのだろうか。
(以下はわたしの環境学)
それは、彼女が自然を愛していたからではないだろうか。自然といっても、特定の鳥や花が好きだったのではなく、それぞれが、それぞれを謳歌して生きているその自然世界を愛していたのではないだろうか。
レイチェル・カーソンのほかの著作に『センスオブワンダー』(Sense of Wonder)があるが、この中で彼女は、自然と向き合うことを通じて自分の中にわくわくとした感情があふれ出してくるというような感覚を見出している。それは、知れば知るほどにわからない自然の完璧なシステムを前に、次から次へと押し寄せてくる好奇心の波だったのではなかろうか。
「If facts are the seeds that later produce knowledge and wisdom, then the emotions and the impressions of the senses are the fertile soil in which the seeds must grow.(もし真実が知識を生み出す種であるならば、感動はその種を育てる土である。)」Rachel Carson
つまり、真実の探求に真直であった彼女の生涯は、彼女が、愛する自然を通して受けた感動に対する必然的な行動であったと言えるのではないか。
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